◆リレー随筆◆ 富士山と一本歯の下駄

                                赤門技術士会 会長代行・副会長 柴垣 琢郎

3,776mの山頂、石碑の左隣が筆者
3,776mの山頂、石碑の左隣が筆者

 このところ「もう若くないな」と感じる場面がだんだん増えてきている。
 先日、仲間と、ここ数年恒例にしている富士登山をした。もう年なのだから、無理をしないで、いい加減にしたら、と妻からは毎度たしなめられているのだが、頂上で御来光を仰ぎ、日本最高峰の碑まで行く達成感は素晴らしいので続けている。もちろん、1~2ヶ月前から意識してスクワットなどの筋トレをし、エレベータやエスカレータを使わず階段を上がり下がりする生活をし、さらに前の週には近くの山に登って足慣らしをするなどの準備を入念にやって本番に臨むのだが、年ごとに辛く感じる度合いが増える。体力のバロメーターのつもりでもある。

 

 今年も、いつものように富士スカイラインの2合目にある水ケ塚駐車場に車を置き(マイカー規制あり)、シャトルバスで約40分、富士宮口5合目(約2,400m)まで上がる。いわゆる富士宮ルートを目指す。富士山の代表的な登山ルートは4つあるが、富士宮ルートは最も標高の高い位置から出発するため、山頂までの距離が短い。そのため、吉田ルートに次いで登山者が多い。一方、全体的に傾斜が急でやや岩場が多い、といった特徴がある。5合目で高度順応のため30分ほど体を慣らしておいてAM10:00ころから登り始める。我々の仲間はほとんど65歳以上であるため、頻繁に休息を取りながらゆっくりとしたペースで、6合目、新7合目と登り、元祖7合目で3,000mを超える。今年は途中ガスが出て見晴らしはあまりよくなかったが、天候に恵まれ比較的暖かかった。標準登山時間の2~3割多くかかるペースである。9合目の山小屋に着くのがPM3:00頃になる。ここで夕食を食べて仮眠し、夜中の2:00ころから再度頂上を目指して真っ暗闇の中をヘッドライトだけを頼りに登る。この時期は登山客が多くまさに数珠繋ぎ、渋滞状態である。富士宮口山頂(三島岳山頂、3,734m)の浅間大社奥宮に着いた頃にちょうど日の出の時刻になる。御来光を仰ぎ、さらに日本最高峰を目指して剣が峰(3,776m)までピストンをする。下りは、山小屋ごとに多少の休息を取りつつほぼ一気に5合目まで降りてくる、というのがおおまかなスケジュールである。あとは、温泉で疲れを取って帰宅することになる。登山は一歩一歩の積重ねであり、成果はまさに「愚直なる継続」の結果であることを肌で感じられる体験でもある。

 

 ところが今年は、体力的な辛さだけでなく登山中に膝痛がでた。右膝のほうはなんとも無いのだが、左膝のお皿の内側に痛みを感じた。しばらく前から兆候はあったのだが、痛みが出たり出なかったりでたいしたことは無いと思っていた。普通に平坦なところを歩くのはなんとも無いが、段差を上がろうとすると少し痛む。比較的軽い痛みだったので今回は何とか登れたが、痛みをカバーしようと意識して歩いたので例年以上に疲れた。これ以上痛みがひどくなったら来年からは登れないかもしれない、ゴルフにも影響するようになったら人生の楽しみが減る、と憂鬱になった。

 

 その後も少し運動をしたあとで階段を登ると膝のお皿の内側が痛む状態が続いている。このまま登山やゴルフが出来なくなるのは情けないので、なんとか回復させようと膝痛を治す体操などをネットで研究して取り入れている最中である。症状は緩和してきているような気がするが、まだ完全には治っていない。

 

 若い頃はなんとも感じないが、年配になると膝痛、腰痛、肩凝りを訴える人は多い。一日のほとんどをモニターとキーボードを相手に座ったままの姿勢で仕事をしていることが多いと、姿勢が悪くなり、体の柔軟性が無くなり、筋力が衰えることによって発症すると考えられている。人間は約200の骨と約600の筋肉で出来ているらしいが、1Wも使わないでいると動かなくなるのが筋肉だそうである。年配になるほど衰えも早いので、意識して筋肉を動かすように努力する必要がある。

 

 折もおり、先日のNHKの「ためしてガッテン」でおもしろい研究成果を見た。ご覧になった方もいるだろうが、10万人以上の日本人の足型を取って調査した桜美林大学の阿久根英昭先生によると、足裏の圧力分布で足の指部分に圧がかかっていない「浮き指」と呼ばれるタイプの足を持つ方が最近非常に増えていて、この8~9割は膝痛、腰痛、肩凝りを持つという結果が見つかったそうである。足指に力がかからない姿勢で生活しているとうまく着地時の衝撃を分散できず、また重心が後ろに傾くのを矯正しようと無理な体勢を維持することが原因だそうだ。「浮き指」は靴の生活、特に合わない靴を履く生活によることが一因とされている。昔の日本人は草鞋、下駄という鼻緒を指で挟んで履く履物で生活しており、自然に足指に力を入れる歩き方をしていたので、膝痛や腰痛の人は少なかったのではないか、とのことであった。

 

 この番組を見て思い出したのだが、だいぶ前に会社のある先輩が地域のご老人を集めて一本歯の下駄を履いてもらい、毎日30分歩くという運動を推進されていた。大変奇特な社会貢献精神に溢れた面倒見の良い先輩で、退職後も特別支援学校の生徒を指導して紫陽花を育て、ある通りを紫陽花で埋め尽くし「紫陽花通り」として有名にするなど、高齢者の健康増進活動だけでなく多方面で今も元気に地域の活性化に尽力しておられる。一本歯の下駄で歩く運動を続けることによって、始めのうちは効果に対し半信半疑でいたお年寄りではあったが、毎日ただ30分程度下駄で歩くだけで腰の曲がった方の腰が伸び、膝痛、腰痛が改善するという顕著な成果がでて、元気に活動的になった方が多くいるとおっしゃっていた。健康器具に興味が出てきていた年代になり、さらに当時、腰痛で少し悩んでいた私は興味をそそられ一本歯の下駄を買ってしばらく履いていたことがある。具合がいいような気もしていたが、顕著な効果があるという感覚は無く、その後腰痛も治ってしまったので下駄は仕舞い込まれたままになっていた。この「浮き指」現象を知って改めて下駄を探し出し、履いて歩いてみると、確かに重心が足の親指の付け根付近にしっかりかかり、そのため足指にはっきり力が入るのである。足の指で大地を踏みしめて歩く感覚がわかる。普段使っていない脚の筋肉が明らかに刺激を受けているし、姿勢も自然に良くなり、こういう姿勢が正しい姿勢なんだということが実感できる。下駄を馬鹿にしてはいけない。日本古来の履物は実に合理的に出来ていたのだと感心した。下駄や草履は日本の優れた発明品だったのだ。膝痛や腰痛の改善に効果がある理由が納得できた気がした。数日続けたところ、心なしか膝痛も改善してきたような気もする。暑い季節でも足元が涼しく気持ちがいい。日本の気候に合った履物であることがわかる。トレーニングと治療をかねてしばらく下駄歩行を続けてみるつもりである。

 

 ネットで検索すると、天狗下駄と称して超絶効果!身体機能が劇的に向上!と効能を謳っているWebサイトがみつかる。平昌の冬季五輪で活躍したスピードスケートの小平奈緒選手もハーフサイズの一本歯の下駄を履いてトレーニングをしているそうである。歩くだけで健康になる!認知症の予防になる!といった効能の表現は極端としても、「浮き指」改善、体幹トレーニングや姿勢矯正には間違いなく効果があると思うので、膝痛や腰痛に悩んでいる皆さんは試してみたらいかがでしょうか?


                                 ― おわり -(企業内技術士交流会の会報No.58随筆より)

 


一本歯の下駄
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