☆このレポートは、去る2025年6月28日(土)に開催された第8回赤門技術士会総会・講演会の聴講記です。
「南鳥島海域の海底鉱物資源開発 ー日本は中国に勝てるのかー」
聴講記
[今日は、東大工学部長の加藤泰浩様のご講演だ。世界の経済安全保障が激動する中、いま注目のテーマ。そう、日本は中国に勝てるのか? がんばれニッポン!]
0.ご自身の紹介
1961年埼玉のお生まれ。東京大学理学部地質学専攻、理学博士。米ハーバード、英ケンブリッジに各留学され、2012年から東大工学系研究科教授、2023年工学系研究科長・工学部長。
この間、2011年にレアアースを初めて発見、2013年南鳥島で超高濃度レアアース泥発見、海底鉱物資源に関して数々の受賞。趣味はスキー、登山、昆虫採集。水晶堀り。新聞報道も多数。
[東大150年の歴史の中で、理学部出身の工学部長は初めて。なぜ、工学部長に? 潮目が変わったのは2010年9月7日の、 あの事件だって。]
その日、尖閣諸島沖で、海上保安庁の船に中国漁船が激突。海上保安庁は中国船の船長を逮捕し沖縄に拘留した。この報復措置として中国は、日本及び欧米に対して、それまで独占的に供給していたレアアースを輸出しないこととした。このことで、大きく潮目が変わった。
[報復措置としては対日本だけの輸出禁止でよかったのだが、国際商法上は特定の国に資源をださないということはできないため、やむを得ずこうなった!]
Ⅰ.世界のレアアースとその現状
1.レアアースとは
レアメタルの一種で、Sc(スカンジウム)、Y(イットリウム)とランタノイド15元素の計17元素。重要なのは、Dy(ジスプロシウム)、Tb(テルビウム)、Yなどの重レアアースとSc。これらが資源として特に重要。
[有機系化学出身の筆者にとっては、懐かしい周期律表が出てきた。「水平、りーべ、僕の船」と覚えたものだ。でも3周期目の最初である、K、Caまででほとんど事足りて、それ以降のレアアースなんて、とんと縁がなかったねー。]
2.レアアースへの世界的な注目
前述の尖閣沖の事件が騒動に発展した時、たまたま研究者として、地球の環境変動を読むツールとして海底の泥を集めていた。分析すると、太平洋の海底の泥が相当のレアアースを含有していて、資源となりうることに気づいていた。この分析結果を論文にして2011年に雑誌ネイチャーに投稿すると、大きく世界でハイライトされ、国内外のマスコミが大々的に報道した。
3.レアアースの用途
(1)磁石
高温で磁力を失わないようにするためには、レアアースのDy(ジスプロシウム)が必要。自動車で高温になるエンジン回りの磁石には必須。
(2)そのほか
LED、水素吸蔵合金、MRIの造影剤、タミフル・リレンザの合成触媒、など。
(3)これら用途の貢献
特にグリーン技術(省エネ、エコ)や宇宙産業など、ハイテク産業の生命線につながる。また、軍需産業にも直結する安全保障上も重要な資源だ。
[特に米国にとっては敏感な領域だ!]
4.レアアース供給の世界シェア
中国のシェアは尖閣事件前2010年には97%と、異常な独占。現在、米国、ミャンマーなどが産出しており、中国シェアは70%(2023年)に減少している。しかし、各国産でもその精錬のほとんどは中国で行われている。精錬技術が中国に独占されていることと、精錬時に放射性廃棄物がでることが原因。
[米国と豪州は、環境規制が厳しく、レアアースの精錬は 不可能なんだって!1992年中国の鄧小平は「中東に石油あり、中国に希土(レアアースのこと)あり」とのたもうた! この外交カードを尖閣問題で切ってきたんだ。]
日本はレアアース禁輸の外交カードを予測していて、レアアースを備蓄していた。米国と欧州は備蓄がなく、困った。資源としては世界中にあるが、ほとんどが軽レアアース。希少性・重要用途の重レアアースは、中国南部のみでしか採れない。
このうち軽レアアースの鉱床は、その生成の過程から放射性元素を含み、精錬した後には必ずトリウム、ウランなどの放射性元素が残る、という問題がある。このため、規制の緩い中国でほとんどが精錬されている。オーストラリアは、自国では規制が厳しく精錬ができないため、マレーシアに運んで精錬していて、国際問題になりかねない。
一方の重レアアースとしては、花崗岩帯が風化・粘土化し、これがレアアースを吸着する。吸着されたレアアースを抽出するため、鉱床のある山全体に直接酸を流し込み抽出する。抽出した酸溶液が溜まった池から、レアアースを得る。
[回収されない酸は駄々洩れで、下流の川にも流出。このため、環境被害が甚大。うーん、そうなると中国が「レアアース資源を中国だけに頼るな!」と言うのは、まあ正しいんですな。]
トランプ米国大統領がグリーンランド領有を言っている理由は、優良なレアアース鉱山があるから。
また、米国がウクライナにレアアースの共同開発を持ち掛けた。あまり良質の資源ではないが、ロシア占領地域にその鉱山あり、ウクライナは奪取の口実に、米国はロシアへの圧力の意図があるかも。
[そうなると、陸上の鉱山から有用なレアアースを確保することは、中国以外は難しいんだ!]
このため、米国トランプ政権は、海底資源開発産業の振興を目指す。しかし、公海上の海底資源開発の枠組み「国際海底機構」から米国は離脱しているため、同機構を牛耳っている中国が強く牽制している。
[ここでも米中対立。]
5.日本のEEZ内の海底資源の現状
(1)海底熱水性硫化物鉱床: 地下で熱水に溶けた元素が、浅い海底からの噴出で泥となって固化したもの。付近には固有種生物がいるので開発は難しい。
(2)コバルトリッチクラスト: 海山上部に二酸化マンガンの被膜に覆われたコバルト、ニッケルが層になっている。でこぼこの海底に、たい積厚みは2~5cmで、回収・引き上げが難しい。
(3)マンガンノジュール:深海に球状となって転がっている。何とか引き上げられるか。
(4)レアアース泥:マンガンノジュールとほぼ同じ海域にたまった泥。水とともに吸い上げることで引き上げ可能。
レアアース泥の長所は、
①重レアアースが豊富:50%含有し、その比率は必要比率と同じ。陸上鉱山では軽レアアースが多く、重レアアースは25%程度。
②資源量が膨大:陸上埋蔵量の1,000~10,000倍以上。
③資源探査が極めて容易:日数、お金とも。遠洋で安定していて地層が広域で均質なため。
④酸で溶解可能:均質・細かい泥のため、希酸で容易に溶ける。
⑤放射性元素がない:陸上鉱山と生成のメカニズムが異なるため。
欠点は4,000m以上の深海に存在していること。
Ⅱ.我が国「南鳥島」の海洋資源
1.資源の社会的認知
以前からの研究で把握していた南鳥島付近EEZ内の豊富なレアアース資源を2012年6月28日にNHKがスクープ。翌日、読売新聞の朝刊一面トップで報道した。7月にPHP新書で出版。
[先生は戦略家で、報道の直後に出版されるよう準備していたんだって。すごっ!
帯を冨山和彦さんが書いたのは、東大スキー部の2年先輩のご縁。また、すごっ!
本には「石原都知事にこの件で会いたい」と仕込んでおいた。またまた、すごっ!]
「東京都小笠原村南鳥島」なので管轄知事の石原慎太郎都知事と面談。(10月19日(金))。「国がやらないんだったら、東京都がやる。」と石原都知事。
[都側からは、『面談のことは極秘にするよう』釘を刺されていたのに、2hr後の記者会見で知事自信が発表しちゃった!しかも6日後に辞任。]
2013年に当該海域の海盆で3日間の調査を実施。
[調査は3日でもプラス船で往復8日間かかる!]
タヒチの海底泥で1,000ppm、中国陸上で400ppmのところ、7,000ppmの重レアアースが海底から2~4mの層に存在することが判った。問題は5,700mの深海であること。
[なぜ重レアアースの濃度が高いのか? 魚の骨や歯由来のカルシウムが海中のレアアースを吸着しているのだって。]
NHKの「クローズアップ現代」でも取り上げられた(2013年2月27日)。
[おー、すごい!ただ、残念ながらそのVTRは見せていただけず。。。。]
2018年、南鳥島のEEZ(半径370km)の250km付近の有望海域で25本のサンプルを採取したところ、海底面からの深さ10mまでの浅い地層にレアアース資源量として1,600万トンあり。南鳥島のEEZ海域の1%の面積で、世界3位の埋蔵量。全体では圧倒的に世界1位埋蔵量。日本の需要の50~800年分が僅か100平方kmに眠っている。重レアアースと今後有望なスカンジウム(Sc)が同時に採れる唯一の資源。魚の歯や骨の粒に集中して存在するため、「篩」的な操作で簡単に濃度があげられる。
[そうなれば、日本はレアアース大国だ!]
2.レアアース泥の具体的な引き上げ方法
では、5,000m近い深海から、どうやって泥を引き上げるのか?
深海の石油開発において、「加圧式エアリフト」の技術が既に有る。3,500mの深海で、「普通に」実用化されている。加圧式エアリフトとは、中心となる揚泥管を海底まで入れて、そこに周りからエアを吹き込んで水とともに管内を上昇させるもの。これが「エアリフト」。
[なるほど、我が家にある金魚水槽のろ過&エアレーションと同じ原理だ!]
一方、5,000mの深海におくりこんだエアは500気圧なので、1気圧の海面まで上がると体積が500倍になる。とんでもないエアの勢いになってしまうので、海面付近で20気圧程度の逆圧を掛ける。これが「加圧式」。合わせて「加圧式エアリフト」だ。深海の石油開発で世界トップ企業の部長は、加圧式エアリフトはレアアース泥でも適用できると言った。
更に、「東大レアアース泥開発推進コンソーシアム」を組織して、実験設備ではこの方法で20t/hrの揚泥を達成。
3.レアアース泥の経済性評価・環境影響
これらの積み上げで、南鳥島EEZ内のレアアース泥は経済性が十分あることが判った。
環境影響についても、非常に「やさしい」。遠洋で固有種生物がおらず、普通種のみなので、採掘後に生態系はすぐに復元する。泥そのものは、顔の美容パックに使用するくらいで全く無害。
4.東京大学レアアース泥・マンガンノジュール開発推進コンソーシアム
東大を中心とする「学」、資源開発・精錬・ユーザーの「産」、国交省などの「官」合わせて44企業・機関が参加している。 参加料は55万円/年。
[うーん、筆者の所属会社は入っていないな。ま、有機化学に立脚する会社だから、しゃーないか。]
5.レアアース泥の今後の期待
産業規模は、資源開発の部分だけでは1千億円/年程度だが、レアアースを使った磁石や燃料電池など、各種サプライチェーンまで含めると10兆円/年目指せる。政府の「骨太の方針」にも入っている。
6.もう一つの資源マンガンノジュール
蓄電池用のバッテリーメタルとしてのコバルト(Co)、ニッケル(Ni)が必要。マンガンノジュールにはこれらが含まれている。コバルトは、多くがコンゴ国で産出され、こども労働に依存しており問題あり。
海洋資源としては、ハワイ周辺に日本を含む各国が国際鉱区を持っているが、日本の鉱区は、マンガンノジュールが高密度で存在する良好な東側(4,500mの浅い海)ではなく、反対側で深い(5,500m)。スイスの会社がハワイ沖の水深4,300m地点で、すでにエアリフト方式を使ってマンガンノジュールの引き上げに成功している。
このように、世界の各国には南鳥島EEZ内の5,500mに近い深海での引き上げ技術が確立されている。100km×100kmで精査調査をしたところ、南鳥島EEZ内に、良好な鉱区が存在することが判った。
7.マンガンノジュールの開発に対する反論
いかさまの反対論文多い。曰く、「マンガンノジュールの表面で電気分解が起こって酸素を発生させていて、これがなくなってしまう」、「レアメタルを摂取するサメがいる、これは海洋汚染だ」。
これらの論文を環境保護団体が盾にとって、反対する。こういう勢力との闘いが大変だ。
実際には、金の採掘における水銀の流出など、陸上の鉱山での環境破壊の方がはるかに深刻だ。このように、各地の生活圏に資源があると、どんな方法を使ってもそれを取ろうとする人たちが暗躍する。一方、深海はいわば「ギャングの手が届かない」ので安心。
[うひゃー、アマゾンでは金の違法採掘で、水銀流出だって。ひどいね。]
8.中国の動き
中国は着実に、海洋資源にアプローチしている。公海上の資源開発はモラトリアム(先送り)。これは、EEZ内に優良な資源を持つ日本には良い方向。一方、もう一つEEZ内に優良な資源を持つクック諸島に対し、中国が協定を締結。これは相当な脅威で、日本より先に実用化できる可能性がある。さらに南鳥島南側のEEZ外で調査を加速。
9.開発に向けた課題
ホワイト国と組んで、引き上げるところをやってもらう。精錬を日本がやるのが早い。
日本の企業には、その技術がある。
【質疑応答】
Q1:一般に地質の研究はもうからない。「もうかる」のスイッチはどこで入ったか?
A1:もともとは地球46億年の歴史を研究していて、環境の変化を見てきた。2000年に工学部に移って役立つことを意識し始めた。2011年に「資源になるのでは?」ということでスイッチが入った。
Q2:レアアースの精錬は放射性物質の規制が厳しい。日本で泥をとってきたときに大丈夫か。
A2:海底の泥には放射性物質が全く含まれない。船上で抽出し、残泥は南鳥島の浚渫に使うというやり方で、「スコップ一杯」すら無駄にしないやり方ができる。
Q3:メタンハイドレートとの共通点は?
A3:陸に近いところの開発なので、技術的にはかなり違う。メタンハイドレートは溶けてしまうとインパクト大きいい。メタンはその温暖化係数が大きいので厳しいと思う。
Q4:東大に海水中の元素分析をやってくれる部署はあるか。
A4:化学系にある。ただし海水は薄いので、技術が必要。我々は海水の分析はやっていない。
Q5:国際協力が重要であるが、米国は国際協調に前向きでない。中国は国際協力を戦略的に使う。国際協力をまとめていく作戦は?
A5:そのとおり、どうやって組むかが重要。中国は狡猾で、すでに国際海洋機構を牛耳りそうだが、一方、アメリカの離脱が痛い。トランプ政権は海の資源開発に前向きだが、トランプの興味は直近に集中しているようだ。それでも米国との協力がよいだろう。
(文責:赤門技術士会幹事 萩野新)
赤門技術士会は、東京大学を卒業した技術士を主要メンバーとする、事務所を持たない交流・親睦団体です。