☆このレポートは、去る2023年10月21日(土)に赤門技術士会主催で開催された講演会の聴講記です。
2023年度東京大学ホームカミングデイ講演会
「バイオテクノロジーの最前線から見えるGXの本質」聴講記
〔農学部ご出身で株式会社ちとせ研究所代表取締役CEOの藤田様の講演。 化学屋の筆者には、ちと疎い分野だが、頑張ってGXの知識をいただこう! うーん、Tシャツにジャケット。 今風の経営者とお見受けした。〕
1. 自己紹介
東京下町のお生まれで、ご両親も三代前から東京。 〔生粋の江戸っ子だ〕
子供の頃から「生き物」が好きで、農学部に進まれた。 〔テーマは蚕の研究だって。ちょっとクラシック!〕
ご卒業後、経営コンサルタント企業で5年、「世の中」を学ばれたそう。
〔かなり苦労されたご様子。詳細はとても聴講記には書けない。。。。。〕
その後ベンチャー企業に転職。さらにその企業をMBOして、現在の「ちとせグループ」に。
〔「千年先まで生き物と暮らせる社会を目指す」、ということで「ちとせ」を社名に。〕
現在、シンガポールにHQ、川崎にラボを持ち、東南アジアで実証事業。社員は335名、外国人3割、150名は研究者。時価総額1200億円超え。
〔凄い! コンサル⇒ベンチャー⇒起業、と現在なら超花形のコース。
でも、当時周囲からは「はぁ?」といわれたそう。〕
「科学⇔技術⇔事業⇔社会」の志を繋ぐことを生業とされている。
科学とは分からなかったことがわかる、技術とはできなかったことができる、と違うもの。
一方、社会を変えることが出来るのは、事業だけ。
この4項目を、政治は左から右へと考える。 バイオの世界は右から左が多い。たとえば、お酒を飲む社会が何千年も続いているが、アルコール発酵の技術や科学が判ったのは、つい最近。
〔そうか、「ちとせ」は右から左へのアプローチなんだ。〕
2.目指す社会
ちとせは「化石資源の社会」から「バイオの社会」にかえることを目指す。
太陽光のエネルギーは4千ゼータージュール(ΖJ/年)、その内、人類に必要な8千分の1を循環させれば良いはず。化石資源は過去の太陽光エネルギーを使う一方。
〔おー、化石資源は一方通行、バイオは循環なんだ。〕
二酸化炭素から有機物(つまりバイオマス)を作るには、エネルギーが絶対必要。
2022年9月のバイデン大統領令では、「バイオ産業が大きく拡大する」としている。
〔10年で4千兆円になる!〕
3.目指す事業
① 光合成量を増やすビジネス 〔生物の品種改良、培養、把握する各技術を創造するんだね。
つまり、create、cultivate、comprehendの3C〕
③ 循環させるビジネス
以降、それぞれの詳細を紹介。
4.光合成量を増やす
藻類の優位点としては、太陽光発電、風力発電、光合成のなかで、物質を作ることが出来るのは光合成だけ。とうもろこし、大豆、パームの順でオイル収穫はアップするが、藻類は圧倒的にそれらに勝る。単細胞で、生殖にエネルギーを割かないためと考えられる。耕作地を選ばす、必要な水も少なくて良い。
[タンパク質1kgの生産に必要な水は、藻類2tに対して大豆9t、牛肉105t!]
5.バイオマスからバイオ変換で様々な製品をつくる
藻類から、油とタンパク質と炭水化物を1/3ずつ作ることが出来る。
更なる製品作りは、その先へ行くほど「ちとせ」が各専門企業とコラボすることが必要。
そこで、「MATSURI」という枠組みを創設。参加70社以上、素材、組み立て、金融と多業種の企業が参加。
〔MicroAlgae Towards SUstainable & Resilient Industry だって。
直訳すると「循環可能かつしなやかな産業へ向けた藻類」てとこか?
ご本人曰く、ちょっとこじつけ、だそう。〕
6.循環させる
マレーシアのプラントでは、隣接の火力発電所からCO2を直送し、広さ5haのプラントで藻類が光合成。
一方、2000ha以上ないと、環境に貢献しない。
〔なので、現状では、環境に良いことを藻類でやっている企業はないんだって!〕
この間をつなぐ100haのプラントを、NEDOの協力を得て2027年に稼働させる。
7.価値を把握した上での購買を促すビジネス
農業とは、土作り=生態系管理。 土の2割は微生物で、土壌は限られた資源。しかも土壌を守る日本の技術は高い。
土の中の微生物をはかるセンサをマレーシアで展開してイチゴの栽培事業を開始。ただ、栽培だけでは事業として成り立たず、パッケージセンター作り、輸送方法の整備、スーパーでの販売方法、とサプライチェーンから販売まで、整備が必要だった。
8.ちとせがなぜここまでやってこれたのか
(1)自発的に広がる組織
(2)研究開発を目的にしない
(3)死の谷をつくらない
リスクとリターンの部分を切り離す、これが株式会社。
9.現在の「研究とお金」
研究したかったら、外にお金を取りに行けば良い。
開発した技術に対してお金が集まるのではなく、今や「これから技術開発やります」にお金が集まる。
つまり、社会課題の設定、ソリューションに対してお金が集まる。お金の流れが変わってきつつある。
しかし、日本はこの考え方に遅れをとっている。
一方、これを悪用する人もいる。Theranosの例では、700億円を資金調達したが、事業に関する疑惑が発覚して倒産。この例のように、社会課題として、それっぽいキーワードを掲げている会社にお金が集まってしまう。
〔「それっぽい」の例:WEB3.0、DX、リアルテック、
ディープテック、フードテック、GX。うひゃー、厳しい!〕
資金を調達し、ベンチャー企業を立ち上げ、途中で売り抜けし、結局事業は成功しない、という悪用。
社会課題を正しく見極める能力を持っていることが必要なのに、日本のベンチャーキャピタルはそれを持っていることを求められていない。
10.GXって何だ?
短期的にお金が欲しい人が「GX」を名乗っている。
〔「王様の耳はロバの耳」、といっしょで、
「GXって何?」といってはいけない!だって。
さて、ここからが本日の本題だ!〕
(1)脱炭素ではないのに、GXと呼んでいる例
①LEDの光で緑を育てても、脱炭素にならない。発電、送電などにエネルギーを使用しているから。
②藻類は光合成でなく、農作物から精製した糖分を与えても繁殖して、油を取ることが出来る(従属栄養方式)が、これはGXとは言えない。糖分を作る過程で、エネルギーを使用しているし、光合成のみで繁殖させる(独立栄養方式)のに比較して、100分の1の油しか、とれない。
〔多くのビジネス・研究者が、グリーンでも脱炭素でも無いものを
GXと呼んで、VCを集めているそうな。なんということ!〕
(2)GXには、イノベーションがカギとなるのか
本来は、解決したい課題を定義してから、解決策の技術を探す/開発すべき。そうすれば、イノベーションのカギになる。 一方、現状の世の中は、研究費を集める必要があり、そのためにはGXと呼ばないとお金が集まらない、という状態。
(3)GXは経済成長につながるのか
目先の小銭を求めずに、長期的に見れば、必ず成長につながる。科学的重視、資本主義重視が必要。
一方、現実はといえば、太陽光に対する理論効率が200~400程度(ton・ha-1・year-1)程度のところ、大豆3.5、トウモロコシ11、パーム油17、藻類70と言ったところ。ところが、宣伝される中には、理論効率を遙かに超えた効率を謳っている場合が多い。
事業が成立するためには、①技術的実証、②規模的実証、③経済収支が合う、④エネルギー収支が合う、⑤CO2収支が合う、の全てが必要だ。
(4)GXとは、エネルギー安全保障と関係があるのか
単純なバイオエネルギーの国産化は不可能(農地が狭い、など)。 酪農から出た家畜の糞を利用して、発酵によりメタンガスを生産した、などとまことしやかに宣伝されるが、米国で肥料を大量に使用した牧草を輸入した酪農なので、そこから発酵でメタンだけを取り出すと、後の残渣に窒素成分が残り、これが汚水処理の負荷となって、全体としてみると事業として成立していない。
自国で生産できなくとも、日本の技術によって海外で生産できれば、これを優先的に日本に輸入することが可能となり、日本のエネルギー安全保障につながる。
11.まとめ
(1)GXなどの環境分野は、コストではなく、経済成長のフロンティアと捉えるべき。
(2)技術開発は、科学的に正しい範囲で最大効率を目指すこと。それを超すことは出来ない。
(3)アカデミアなど専門家の興味の範囲における正しさと、総合的な事業としての正しさは別。
〔コロナのパンデミックの例:医薬、ウイルス、疾患、各専門家はいても、総合的に判る人がいなかった!〕
(4)現在、企業活動の科学的な適切さを評価する仕組みがない。
〔例えば、監査法人が会計処理の適切さを評価しているが、
科学的な適切さを評価する人は、いないんだ。〕
(5)理論的に不可能なことに投資するのは、可能なことの可能性を消してしまうことになる。
〔「魅力的なインチキ」を宣伝する人に、お金が集まらないようにする仕組みが必要!〕
【ご講演後の質疑応答】(Q:質問、A:応答、C:コメント)
Q1:藻類の事業は、いつ頃経済的にペイするか?
A1:少なくとも、理論的に経済・循環効果の成り立たない事業はいつまで経ってもダメなので、これはやっていない。現在進行中の研究・事業は、われわれ自身は将来的に「ペイする」と信じてやっているが、もしかすると必ずしもそうならないかもしれない。藻類・食料などいくつかの事業について、その将来性・方向性を示してゆくことに注力している。
Q2:藻自体の品種改良はどのくらい進んでいるのか?
A2:品種改良を進めている。培地の低コスト化、油の①取り出しやすさ、②含有量アップ、③種類を変えるなど。だが、生き物なので、最適温度など大幅には変えられない、など、限界がある。日本の日照条件で、マレーシア並みのパフォーマンスを持った、というような品種改良は無理だ。
Q3:廃棄物のリサイクルも重要なのでは?
A3:我々はバイオの会社なので、事業に参入していない。廃棄物は集めるプロセスの効率などに課題がある。この循環の仕組み作りは、社会の仕組み作りの問題だ。
Q4:GXへのDXのうまい取り込み方法は?
A4:バイオは経験に裏打ちされた活動であることが多いので、DXは相性が良い。今日の講演内容では、土壌中の微生物を測定するセンサの利用などがその典型だ。ただ、解析的なアプローチがないと評価されにくい風土があるので、それに惑わされずに、言わば「解析を諦める」ことが重要。
C5:会計を公認会計士がチェックするように、企業活動の技術的・理論的なチェックを技術士がおこなうべきと感じた。
Q6:企業活動の科学的な適切さをチェックする仕組みを構築する際の課題は?
A6:基本的に難しい。なんとなれば、カネを持った人が強いから。ちょっと諦めている。
C7:科学的に正しくない脱炭素の取り組みは、企業として指摘を受ける可能性がある。アカデミアから企業に指摘してもらえればありがたい。
C8:日本の伝統的なもの作り(技術)の世界から学問(科学)の世界に変わるとともに分析的・演繹的なものの考え方が重視されてきた。しかし、AIが発達した現在、元に戻る価値変換が起こるかもしれない。
C9:企業活動の科学的な適切さをチェックする例はある。不動産業界では専門家のチェックで保険に入ることができたり、10年間瑕疵を保証したりすることによって、チェック機能を働かせている。
Q10:東京の下町生まれで、なぜ農学部に進まれたか?
A10:最初から生き物好き。図鑑を見たり、生き物を飼ったりするのが生まれつき好きだった。
Q11:人工衛星からの藻のプラントの監視のニーズと可能性はあるか?
A11:人工衛星は高価なので、使いにくい。むしろドローンか、センサなどが使いやすい。
Q12:藻が万一環境に漏洩した際の生態系への影響は?
A12:漏洩対策として、遺伝子組換え体は使っていない。特定の条件で高い増殖性に特化した藻は、環境に対するロバスト性が低い。すなわち温室育ちは弱いということ。
〔科学・技術・事業・社会を、本当によく考えていらっしゃる、これぞ経営者と思った。マスコミやアカデミアなどの表面的な社会の声に惑わされることなく、本当に必要なことを、よく考える技術士になりたい、と筆者もつくづく思った。〕
(赤門技術士会幹事 萩野 新)
赤門技術士会は、東京大学を卒業した技術士を主要メンバーとする、事務所を持たない交流・親睦団体です。