◆2022赤門技術士会総会(第5回)講演会聴講記◆

☆このレポートは、去る2022年7月2日(土)に赤門技術士会主催で開催された赤門技術士会総会講演会の聴講記です。

 

 「AI時代の棋士が考える将棋界の現在地とこれから」聴講記

 

世の中、若手の台頭を機にちょっとした将棋ブーム。素人の筆者も「なんちゃって将棋ファン」の仲間入りを果たし、やれ最年少だ、5冠だ、いやいや1000勝達成か、と動画サイトのタイトル戦解説を見るようになった。今日は、待ちに待ったプロ棋士谷合先生の講演。母校在学のAIの専門家でもいらっしゃるから、これは面白そうだ。一昔前まで人工知能は、「取りきり戦のチェスまでは何とかなるが、取ったコマを再度使う将棋は、複雑すぎてとても無理」と思われていたのに、今ではプロ棋士を打ち負かすという。どんなことが起こっているのか、これから何が起こるのか。

 

【現在までの谷合先生】

棋士としては居飛車主流の時代に、四間飛車を中心とした振り飛車党。研究者としては、自動運転や運転支援などを研究とのこと。今時の若者らしく、メディア活動もすごい!

将棋のプロ棋士は女流を除いて、180人が現役。奨励会の最上位である三段リーグ在籍者から、で半年に2名、つまり年間4名しかプロになれない!年齢制限も26才までで、それ以降は強制退会。超厳しい。

谷合先生は中学一年で奨励会入り、何と三段リーグ入りを決める最終戦と東大の合格発表が同じ日という因縁付きで、高校三年で三段リーグへ、そして東大へ。勉強と両立というところがすごい。ところが、修士1年のころ三段リーグで戦うなか、棋士を目指す心が折れかけていた。とその時、Pythonなる機械学習分野で主流のプログラミング言語と東大の恩師に出会い、気持ちが楽になったという。人生、何がきっかけになるか判らないもんだ。 最後のチャンスで、一勝三敗から13連勝!すごい。26才でみごと4段昇段、プロ棋士に。

 

【将棋とAI】

「チェスは人工知能のショウジョウバエ」 ん?どういうこと? 

遺伝学がショウジョウバエで発達したように、人口知能はチェスで進化する。あっ、なるほど。

チェスほどではないが、日本の将棋も人工知能の教材になってきた。その象徴が電脳戦。人工知能AIと棋士が戦う棋戦で、2012~17年開催。最後は、佐藤天彦名人(当時)が敗れて、AIが人間を超えた。しかし、将棋界でプロの棋士がなくなることはなかった。AIによって将棋界に大きな変化はあったが、やはり人間同士の戦いに心惹かれる。うーん、名言!変化のひとつが、棋戦のライブ放送にAIによる形勢判断が画面にでるようになり、初心者でも棋戦を楽しめるようになった。将棋界の盛り上がりに! 

そして、プロ棋士にとっては、AIは優秀な研究パートナー。棋士の8割が使っていて、中には100万円を超えるパソコンもよく使われる。 なんと!!! 40手くらいまでの序盤については、その事前研究に使われる。その差し手を暗記する作業は意外と価値が高く、持ち時間の節約で優位に。それ以降の中終盤では、自身の対局を解析させてフィードバックを得る。

見る側も指す側も人間とAIが良い共存をしている。これも名言。

 

【情報系研究者+プロ棋士の谷合先生がめざすところ】

将棋はもちろん頑張る。藤井聡太先生のような活躍はできないが、情報系の知識を生かした活動。ブラックボックスのAIをどう使いこなすか、将棋の勉強ツール、棋士の分析など。これはオンリーワン人材だ!

たとえば、「将棋世界」の12回連載企画「AI解析から読み解く藤井聡太の選択」を編集した「藤井聡太の選択」の執筆。これは、他の人には書けない。

もうひとつは、将棋AIを作ること。計算機の進化とライブラリの整備で、作る環境が整ってきた。そんな中でBERT-MCTSという将棋ソフトを作った。ん、何のこっちゃ? BERTは自然言語処理モデルで、盤面のコマの並びを文字列に変換。よけい、判らん。。。。 MCTSはアルゴリズムの名称で探索部に使った。で、BERT―MCTSと命名。残念ながら、理解不能。が、三日で作ったというのは、又々すごい! 棋士が将棋AIを作ることはインパクトであり、公開したい。しかし、棋士は連盟の許可無く将棋AIと対戦することは禁止されているので、対自分は無理。そこで、『予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」』というYouTubeチャンネルとコラボ。このフォロワ90万人を超えるチャンネルでアマ4段のチャンネルオーナーとBERT-MCTSが良い勝負。さらにBERT-MCTSをベースに抜本強化した将棋ソフトpreludeを開発し、第32回世界コンピューター将棋選手権に出場し、ハードウエアに資金をつぎ込むトップクラスのAIと互角に戦うことができた。自然言語処理(また出た!)を使ったことで独創賞を受賞。

 

【将棋界が抱えるAIへの課題】

将棋AIは人間の勝率は反映できていない。 たとえば最終盤に、AIなら読める長い詰み筋を、人間は見いだすことができない。

また、将棋AIがどうしてそう判断するか、はブラックボックスになりがち。人間の解説者の説明を聞けば、なぜ形勢の優劣を判断したかを理解出来るが、将棋AIの読み筋を人間が解釈することが難しい。

今後の将棋AIに求められること

   人間らしい将棋AIのモデリング  例えば、複雑度が判るとエンタメとしてより面白い

   人間にとって理解しやすい将棋AIの読み筋  これが言語化されれば理解出来る

これができたら、楽しめる。ただし、人間の将棋解説者は要らなくなるかも!

 

【棋士×エンジニアの強みの生かし先】

ひとつは、検討用ツール。将棋AIと「棋譜DB」を連携させて、必要な機能を付加する。できあがっったツールについては、エンジニアとしてはオープンにしたいが、棋士としては自分専用としたい。そりゃそうだ、悩ましい!

もうひとつは棋士の個性のAI化。 棋士ごとに棋風がある。「捌きのアーティスト」とか「千駄ヶ谷の受け師」とか。この棋風は、これは棋譜に集約されているはず。棋譜の様々な特徴量を可視化して、AIに棋風を取り入れる

一番の強みは、欲しいものは大体作れること。将棋とAIのどちらも判るからこそできることは多い。

うーん、なんといろいろなことをとんでもなくよく考えている、なんとも凄い。 

 

 

【質疑応答】

Q1:将棋AIはディープラーニングによるものなので、データ選択が重要。様々なデータを学習した汎用の将棋AIでも強いか。対戦相手の棋風に応じたデータ選択、自分に適したデータ選択はあり得るか。過学習の心配は無いか。

A1:現在の将棋AIは、自動生成された膨大な棋譜を学習しているので、過学習はめったにない。さらに、特定の棋士の棋譜を少し入れることによって、棋風をファインチューニングすることは可能。

 

Q2:米長先生の名言「兄貴達はばかだから東大にいった。おれは頭が良いから棋士になった。」をどう思ったか。

A2:将棋と勉強の相関はあまりなく、そういった一次元のベクトルで測るべきではないのでは。

 

Q3:AIの考えを可視化、言語化するにあたりどのような課題があるか。

A3:まだ、私も良く判っていないが、たとえば、言語化するとなると、言語を読み取る人の棋力に配慮する必要がある。課題は多いと思っている。

 

Q4:究極では、先手または後手の勝率が100%になることがあるか。

A4:プロ将棋界の実績は先手勝率53~54%。 AI同士だと先手勝率が70%になったりするので、そういった対戦をみていると、ひょっとすると先手100%のゲームか、と思うことがある。 一方将棋には、先手勝ち、後手勝ちのほかに、千日手や待将棋などの引き分けがある。互いに最善を尽くすと、引き分けに落ち着く可能性もある。個人的には、引き分けが70%、残り30%が先手勝ち、と思っている。ただ、この結論が出るまでには、年月が必要。

 

Q5:進学振り分け、卒論・修論など、東大における学業の時間で苦労は?

A5:何事も楽しんでやる。他の三段リーグの人は、多くの時間を将棋に費やす中、「不真面目な奨励会員」だったかもしれない。表面上は両立できたが、昇段まであと一歩及ばない部分があったかもしれない。

 

Q6:将棋界にとってAIのマイナス面はないか。

A6:将棋AIですぐに答えが得られるようになり、珍しい戦法、奇襲などがすぐ否定されてしまう。結果として作戦の幅がせばまっている。

 

Q7:努力と才能についてどう思うか。将棋では、努力では才能に勝てないか。

A7:努力の方が大きい。才能があるな、と思っていた方が、将棋の勉強をおろそかにして努力する人に負けていくようになるのを見てきた。

 

Q8:AIが不利と判定しがちな振り飛車をAIの専門家が採用するのはなぜ?

A8:好きだから。もうひとつは現状相居飛車の戦いがほとんどで、研究が相当に進んでいて、序盤研究の最先端を常に勉強していないと、序盤でやられてしまう。一方、振り飛車はそこまで研究されていないので、多少勉強から離れていても戦える。私に相性が良い。

 

Q9:将棋を指す際、何手先を読むのがメインか、それとも直感がメインか?

A9:どちらもある。将棋の思考プロセスはどちらが優勢かの「大局観」と先を読む「探索能力」。読みの力は、AIによるのではなく多く将棋をさして鍛える。大局観はAIに教わることが多いが、人間が直感的に把握している。

 

Q10:株式市場などでは、AI利用による変化がおこっていると言われている。将棋界での変化は?今後、心理面にからんでくるか。

A10:戦法の幅が狭くなった。また、以前は見向きもされなかった局面・指し方が見直された。序盤研究に使われるため、序盤が早くなった。人間が踏み込めないような指し方も、AIは全てを読んで踏み込む。このような人間の「恐怖心」にあたるような心理面を組み込めれば人間らしい将棋AIのひとつのモデリングになる。

 

Q11:「藤井聡太は盤面ではなく符号で考えている」、という話しを聞いたが、本当か。

A11:直接ではなく聞いた話だが、ご本人は、普通に盤面で考えている、そうだ。

 

(文責:赤門技術士会幹事 萩野新)

プロ棋士 谷合廣紀 4段
プロ棋士 谷合廣紀 4段